ギフト・ご贈答品・節句人形 株式会社和光:福岡市:北九州市

株式会社 和光



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株式会社 和光

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盆提灯 / 福岡市・北九州市で盆提灯をお探しのお客様はこちらからご確認ください。



和光では『 盆提灯(ちょうちん)展 』を開催しています。

天国からお盆に里帰りされるご先祖さまを盆提灯の光でお迎えし、お供え物などと一緒に賑やかにお仏壇を飾ります。 特に初盆には近所ご親戚など皆さんが集まりますから、お盆の前から家族総出でお盆の準備を行います。
実はこの家族が自分たちで準備をするところからが、故人や先祖に対する供養の一環となります。
全てを業者任せにせずに、お孫さんなどがいらしたら、一緒に準備をされることをお勧めいたします。
きっと良い情操教育となり、お孫さんの将来に役立ちます。


盆ちょうちん展店内


福岡・北九州和光の催事場で豊富な数の提灯・盛り籠・線香・祭壇・返礼品がを展示され、手に触れることができます。
店頭で判らないことなどスタッフにお尋ねいただきましたら、丁寧にご説明いたします。
送迎専用車での送り迎えもおこないますので、お足が不自由な方などもご遠慮なくお電話くださいませ。

福岡和光: 092-582-8881
北九州和光: 093-641-0101

・盆提灯は、市場に流通している価格の20~30%程度お安く価格設定いたしております。

・盆提灯は、左右2個で一対のお値段で表示いたしております。

・ご注文いただきました商品はご自宅へお届け致します。

・進物用のお供え物(提灯・盛り籠・お線香)として、地方への発送も承っております。






提灯はいつの時代からあるのか


・中国から伝わってきたか、日本で創られたのか、定かではありません。

・日本の最古の提灯に関する文献は、応徳二年の『朝野郡載』に見えています。
 (※900年前の平安末期)

・元仁年間、鎌倉初期(750年前)の『秋の夜の物語』に『ぎよなうのちゃうちん』とあります。

 これが現在の提灯と共通なのか否か、よく分かっていません。

・江戸時代より前の提灯は主として天皇家や貴族、武家、僧侶の上層階級で使われていました。
 庶民が本格的に宗教的儀式のお盆や日常生活の照明器具として使いはじめたのはろうそく(※従来は油)
 が大量生産になり 安く手に入るようになった江戸時代以降とされています。

・上記の上層階級の提灯の使い方は従来の松明に替って紙と木の覆いをつけた灯台、あんどん等のように
 実用品としても使っていましたが、多くは宗教的祭礼や儀式として石灯籠・釣灯籠・切子灯籠のように
 仏前に供える献灯具となっていました。




<福岡和光の様子>

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

なんのために提灯はつくられたか、どういう目的で飾るのか


最初の頃は照明用の道具として使用され、その後は、仏教伝来と共に先祖供養の灯としての献灯具(仏具)として
使用されています。

・提灯は元来、火を灯し、携えてくる火器のことです。鎌倉時代や室町時代から用いられていました。
 それ以前は外出時は松明をかざし、来客時はかがり火をたいていました。

・日常生活で使用する実用品として作られたようですが、最初の頃は武家や貴族、僧侶の上層階級の間で
 夜間での足元の照明用としてや、客の送迎用灯火として使用されていました。

・一方、従来の伝統的な神道や古来から民族信仰の影響や仏教の普及と共にご先祖様や
 ご先祖様の霊を供養する灯として、または仏前に灯火を点じて仏を供養する献灯具として、
 宗教的な祭礼・儀式の仏具としての需要が多くなりました。

・具体的には神社仏閣によくみかける石灯籠。
 それをヒントを得て発展した切子灯籠・牡丹灯籠・回り灯籠・比叡山、高野山にある常夜灯、
 お盆や墓に飾られた高灯籠等の歴史を経て江戸時代になって庶民に本格的に照明具としての実用品や、
 仏具としてお盆に広く使われるようになりました。

・宗教的儀式の使われ方としては、仏前に数多くの提灯・灯籠の灯火を点じ、
 衆生の罪障を懺悔する法会の千灯会、万灯会が各地の多くの寺院で行われており、現在に至っています。

・奈良の法華寺の千灯会・北野神社の万灯会など現在、使われている万灯会には必ず提灯が使われています。
 古代の万灯会は松明やかがり火が使われていたようです。

・万灯会も次第に大衆に普及するにつれ、本来の宗教的な意義が失われ、夏の夜の盆踊りに見られるように
 現在では庶民が参加して楽しむようなレクリエーション的な行事となってきています。

・仏前への仏具としての灯籠が一般の庭灯籠として使われるようになったのは茶庭が作られた
 室町時代以降の事です。

・比叡山や髙野山に数多く並んでいる灯籠を見ると昔の人々は信仰の表現として
 心から灯明を仏に捧げていた事がよくわかります。
 「火」は古代から現代まで様々な意味で不可欠です。
 特に仏教の場合「人の心を明るく照らし知恵を象徴するもの」として重要視されてきました。

・こうして、当初は実用品としての照明具から出発した提灯は552年に百済から仏教伝来と共に先祖供養、
 仏供養としての仏具(献灯具)としてうまれました。
 江戸時代以降には庶民の間にも広く愛用され、現代では照明具としては装飾宣伝用提灯へと変化・発展し、
 仏具としてはお盆、特に初盆用として数多くの需要を克ちえて本来の宗教的意味を保っています。

・ところが、仏教伝来以前より土着している日本古来からの神道や祖霊信仰による五穀豊穣・豊年感謝の祭にも
 江戸時代以降には、提灯が数多く飾られ今日に至っていますが、当初の宗教的な祭礼の色彩はだんだんなくなり、
 皆様が参加できる芸能や誤楽の色合いが濃くなり、レクリエーションのような祭り行事へと変化しています。

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

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盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内



提灯の種類にはどんなものがあるのか ①用途別と ②使用形態との分類


①用途別

照明具としての利用(照明効果は一般的に乏しい)

 ・室内装飾
  民芸スタンド/ランプシェードなどのインテリア用提灯が使用されます。

 ・宣伝用提灯
  堂島型/尺五型等の長ちょうちんの他、屋外用として比較的風雨に強い各種ビニール製の提灯が使用されます。

 ・贈答用民芸提灯
  各種デザインを施した弓張り提灯やミニサイズの様々な形の提灯が贈答用として好まれます。

 ・盆提灯
  岐阜提灯(御所)/大内行灯/廻転灯/清閑灯/切子灯籠/蓮華灯/御殿丸/住吉提灯/お迎え提灯/変形提灯

 ・祭礼用提灯
  尺二堂島(献燈)/尺三堂島(御神燈)/尺六堂島などが一般的に使用されています。

 ・葬儀用提灯
  廻転灯/その他各種の行灯が霊前で使用されます

 ・神前具
  代表的なものとして稲荷提灯/かんすなどがあります。
  この他に神前用として各種の形の提灯が用いられます。

②使用形態別

イ.挑澄(挑灯)…上からさげる、上からつるす、別名つりちょうちんと言われています。

  岐阜提灯(御所)、博多長・住吉・御殿丸・つり廻転・変形提灯・清閑灯・切子灯籠・釣り灯籠・お迎え提灯

 ・近日では部屋の空間が狭くなっています。空間利用として見直されつつあります。

 ・お迎え提灯は初盆の風習の盛んな所で初盆用として飾られます。

 ・岐阜提灯(御所)は伝統的な岐阜提灯として昔から日本全国で愛用されています。

 ・住吉・御殿丸は初盆行事の盛んな九州・山陽・山陰地方で主として愛用されています。

 ・切子灯籠
  大分県では中津の切子が特に有名です。全国各地のその土地特有の切子があり、
  お迎え提灯として使用されています

 ・変形提灯
  提灯の形/使われ方がとてもユニークで一般的には七夕の装飾用としての使用例が多く、
  北海道をはじめ一部の地域ではお盆用として仏間に飾られています。
  また、兵庫県白浜地方では初産祝い(初節句)の贈り物(プレゼント)として八月の七夕の日に使用されます。

 ・「清閑灯」は納涼用として縁側やのき下に飾られ、夏の風物詩として愛用されています。


ロ.提澄(提灯)…さげちょうちん、手にたづさえる
  弓張提灯/小田原提灯/御用提灯/籠提灯/箱提灯/ぶら提灯/お忍び提灯/車夫提灯

 ・小田原提灯、弓張提灯は現在では昔のような使用目的を失い、
  民芸用や室内のアクセサリーとして使われています。

 ・籠提灯や箱提灯、ぶら提灯、お忍び提灯などは現在では使われていないようです。



<北九州和光の様子>

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

盆ちょうちん展店内

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盆ちょうちん展店内

お盆について説明してください「先祖の苦しみを救いたい」と願う心から生まれた行事。


◆”お盆とは何か?”と聞かれても、一般的に次のような認識しかありません。
 ・地獄の釜の蓋が開き、死者の魂がこの世に戻ってくる日。
 ・親もとを離れて暮らしている子供やすでに一家をかまえている子供の家族達が一年に一度故郷へ帰る季節。
 ・盆踊りをすることになっている日本の年中行事の一つで、答える程度の知識しかない。

◆「盆と正月」という言葉に象徴されているほど、かつての日本においては年中行事の中で最も重要視された。

◆盆という言葉はインドの古い言葉である梵語(サンスクリット語)のウランバナを漢字に写した
 盂蘭盆(うらぼん)の最後の一文字をとったものである。

◆ウランバナは倒懸と訳され、さかさまにぶらさげられるほどの苦しみを意味する。
 死後の世界で餓鬼道に落ちた我々の先祖が成仏しないでそれほどの苦しみに
 のたうちまわっていることを表現している。




祭壇


大切な御先祖様を祭る祭壇のご紹介です。

盛り籠
盛り籠
祭壇サイズはSサイズ、Mサイズ、Lサイズがございます。

祭壇二段(S サイズ)
  幅:70×高さ:53×奥行:53cm

祭壇三段(M サイズ)
  幅:85×高さ:66×奥行:70cm

祭壇三段(L サイズ)
  幅:120×高さ:95×奥行:80cm

香典返し.comで祭壇をお買い求めのお客様は、こちらから

※画像をクリックすると拡大表示します。


九州地方では初盆の時、数多くの提灯が飾られるのは何故ですか?(昔からの習慣で詳細はよくわかりません)


・盆提灯がよく飾られ、よく売れる所は初盆の行事を盛大に行う地域のようです。
 初盆を盛大に行わない地方や家では提灯をあまり飾りません。

・九州、山陽、山陰など盆提灯が普及している理由は別の言い方をすると、
 何故そういう地方に初盆の行事が盛んになったかという問いになる。

・これらの地域に初盆行事が根強く残っている理由としては、数多くの文献を調べても記述がなく、
 大胆に推察すると次のような事からだと思われます。


 1.祖霊信仰の影響による

   日本は仏教が伝わる以前から死んでも霊は不滅で、
   また、お盆の日にこの世に戻ってくる祖霊信仰が根強くあります。

   せめて初めてのお盆ぐらいは盛大に先祖の霊をお迎えして
   供養しようという初盆の行事がうまれました。
   そして祖先の霊がこの世に帰りやすいようにするための目印として、
   迎え提灯が出来、玄関の入り口やお墓に飾られました。

   しかし、原則として霊の存在を認めない仏教が普及してくると、
   仏教の影響を受けて先祖の霊を供養する初盆の風習が少なくなったのではないでしょうか。
   特に浄土真宗では阿弥陀仏への帰依を強調し祖先の霊の存在を認めません。
   従って真宗の影響の強い地方ではあまり初盆を盛大に行わず提灯も飾りません。
   当時の仏教は京の都を中心に地方に拡大していきました。

   九州などの都から遠い地方は、比較的に仏教の普及もゆるやかで遅れ、
   古来からの祖霊信仰による多くの風習が仏教に勝り、
   現在の初盆の行事が盛んに行われるのではないでしょうか。

 2.当時、祖先供養の普及に努めた武家、僧侶、貴族の有力な指導者がいたのではないでしょうか?
   (例:相馬地方の二宮尊徳)

提灯業界の将来性について、また、問題点について教えてください。


 ◆現状の問題点

 イ.問題点として以下のような問題点があります。

  1.お盆の時期に販売が集中する為、季節差がありすぎる 
    => 年間を通し売れる商品としての商品化への検討が必要

  2.手作業で作成する工芸品で、職人の後継者難にみまわれている

  3.製品が手作りのため、加工費の原価に占める割合が高い為、今後も継続的に価格上昇も避けがたい。

 ロ.将来性

  一般的には仏具としての暗いイメージがありますので、
  将来の購買の主力となるニューファミリーには抵抗がある様です。

  若人たちは決して初盆のような行事や儀式を嫌っているわけではありません。

  ただ、それがあまりに形式に流され、形式自体が若い人たちの精神を圧迫したり、
  必要以上に華美に流されて実質を失うところに反感をもちます。

  初盆が盛んで提灯を多く飾られる所では慶弔商品の見直しの運動(新生活運動)の影響もあり
  提灯離れの携行現象がある。

  最近では提灯以外の食品や造花などの盛りかごが初盆用の競合商品として著しく増加してきた。

  一方、現代では世の中が高度な成熟社会になり、物の充足から心<精神>の充足時代に入り、
  精神充足商品としての仏壇・提灯などの仏具が見直されつつあります。

  今後は益々、豊かさを従来の如く物に求めずに、精神的なもの(心・サービス)に求める消費者が多くなるので
  提灯も売り方次第では新しい時代の商品であるという見方もできるのではないでしょうか。

  提灯は亡き人<死者>の初めてのお盆に買われる事が多いのですが、
  死亡者はここ十数年七十万人前後と安定しています。
  よって今後も大巾な増減はないのではないかと思われます。
  この面からすると提灯の需要も今後数量的には安定した働きとなる事と思われます。



お盆にご先祖様をどのような方法でお迎えするのか


※宗派・地方によって違った形式がある

宗派・地方によって違うが一般的にはまず十三日に「迎え火」をたき、十六日に「送り火」をたきます。

各家庭では精霊棚とよばれるご先祖をお迎えする場所をつくり、様々なお供えをします。
そしてお寺の僧侶に棚経という読経をしてもらいます。

昔は墓前でつけた火を盆提灯に移し、自宅まで運び、その灯火について家まで戻ってきたはずの精霊を
今度は門前で燃やしオガラの煙とともに家の中の精霊棚まで導きます。

しかしその後、墓地と家がだんだん離れ、乗物会社になると迎え火の代わりに家の玄関前にお迎え提灯をぶらさげる様になりました。

送り火は十三日に迎え火によって我家にお迎えしたご先祖様の精霊を再びあの世にお送りするための案内として用いた道しるべで、 十六日に行う京都の大文字焼きや長崎の精霊船はお盆の送り火として有名です。

昔は十六日に精霊にお帰り頂く時も迎え火とまったく逆の方法でお墓まで盆提灯を運び送った後、
お墓でお迎え提灯を焼きましたが現在ではこの風習はすたれています。

死んだご先祖の精霊に提灯や灯籠の火が見えるはずもない。
しかし何とかして迷わずに家まで戻って来てくれる様にという古代の人々の願いから生まれた
この風習には人間の美しい心が込められているのではないでしょうか。



初盆、新盆、月おくれ盆、旧盆の違いについて教えてください。


初盆・新盆(にいぼん)とも言います。

他のご先祖とは別にその死者だけの供養を行います。

お盆はその家の昔のご先祖様全てのための供養ですが、特に亡くなってから満一年を経過してない人が初めて迎えるお盆で 特別にお飾りやお供えを盛大にしたり先祖代々の位牌とは別にその人の位牌だけを取り出して安置したりします。

初盆を迎えた家には葬儀に参加した人々の中の特に親しい人、お世話になった人が提灯や盆菓子、盆かごを贈る習慣があります。

はるか昔に亡くなったご先祖方に比べ、つい最近まで家族の一員だった人に対して
追慕の気持ちも強く特別にもてなしたいという心から初盆の風習が始まったと考えられます。

江戸時代までは日本中の人々が七月十五日を中心にお盆をしていましたが、
明治になって新暦(太陽暦)が採用されると、新暦の七月十五日を中心に行うお盆を新盆といいます。
(関東地方、熊本、静岡、鶴岡)などの一部の地域。

しかし新暦の七月では当時の農家にとっては一年中で最も忙しい農繁期でゆっくりと先祖供養ができなかったので
丸一ヶ月、遅らせてお盆の行事をしますが、この事を「月おくれ盆」といいます。

この「月おくれ盆」がもっとも多く八月十三日~十六日の月おくれ盆に故郷へ帰る人が多いです。
(九州、山陽、山陰、四国、関西、中部、東北、北海道など)

この月おくれ盆に対して旧盆とは文字通り、旧暦の(太陽暦)によるお盆で毎年月日が違う。

旧盆は新暦の八月の末から九月のはじめにかけてのことが多いようですが、
七月の新盆や八月の「月おくれ盆」に比べて覚えておくのに不便であるということもあって
現在この旧暦によってお盆の行事を行っている地方は極めて少ない。



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